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NHK教育で行こう!

2009-06-04

[]「知るや君」のこだわり 08:42

今「シャキーン!」で流れている曲、「知るや君」。

島崎藤村の詩「知るや君」に曲をつけたもので、同時に、同じメロディで現代語訳歌詞のバージョンもある。続けて放送されたことがないので、1番、2番ということではなく、別々の曲ということなのかな。

曲調は明るくて心地よく、サキタハヂメらしい曲というのか、これまで「シャキーン!」で歌われてきた曲の系列というか。「みずのたび」とか「ポジドラタッチ」などの曲調の系列

原詩の美しさはもちろん、現代語訳も過不足なくきれいな訳で、歌にもあっている。聞いていて気持ちよくて好き。


この「知るや君」、よく聞くと原詩バージョンと現代語バージョンで少しメロディが違う。

繰り返し出てくる「知るや君」、現代語では「しってるかい」というフレーズなのだが、

「知るや君」→ファソミシド*1

「しってるかい」→ファソミレド

と歌っている。

わざわざ変えているという、このこだわり。

原則としては「しってるかい」は一連の流れとして、極端に強いアクセントをつける場所はない。また、「君」はアクセントなしで発音する言葉で、「き」にアクセントがあることはない。どちらかといえば、「み」が強くなる傾向があるだろう。

この原則からいくと、「君」に「レド」とあてるより「シド」とあてたほうが「君」という言葉がより自然に聞こえるし、「知るや」と「君」の文節の分かれが明確になり、聞き取りやすい。一方、「しってるかい」は「る」ががくんと低い音になると流れが変なので、高い音から順に下りてくるメロディのほうが聞き取りやすくなる、というわけだ。


もともとの言葉アクセントメロディの動きが著しく異なると別の言葉に聞こえてしまったり、聞いていて違和感が生じたりすることがあるけれど、最近ポップスに慣れるとちょっとした違いではあまり聞いている側も困らない。

そういう意味では「知るや君」が「ファソミレド」でもあまり違和感はないな、とも思うけれど、ここであえて原則に従ってメロディラインを変えているところが、作曲者の美しいこだわりなんだろうな、こういうところ好きだな、と毎日のように聞いていて思うのでした。


ちなみに、NHK教育つながりでも、メロディラインが原則に従わなかったためとても変に聞こえる例がありました。前にも書いたような気もするけど。

ゆうぞう・しょうこ時代の月歌「かぜ(風)のおはなし」だが、サビのところで「かぜのおはなしだよ」というフレーズがある。ここのメロディが、

かぜの おはなしだよ

ドシラ ドミレドシド*2

という流れ。

「風」は「君」同様、辞書的にはアクセントがなく、通常の会話では後ろの「ぜ」のほうが強く発音される傾向の語。もうこのメロディラインが当時、どうにも気色悪くて、気になって気になって。「風邪のおはなし」と頭の中で自動変換してしまうんですね。「風」と「風邪」は同じアクセントのはずなのに、なぜだろう。人間の脳って不思議

上記の「知るや君」をシドでなくレドで歌うのと大して変わらないようにも思うが、聞いた感じは大違い。フレーズの頭だから目立つのかな。試しに歌詞を、例えば「君のおはなしだよ」と置き換えて歌ってみると、やっぱり気色悪い。

これが「ドシラ」でなく「ドドラ」ならば、この感触の悪さはぐんと軽減されるんだけどねぇ。

これは、作曲者には悪いけど(ってかの坂田修さんなんですよね)、「やっちゃったなー」と思ってます。今でも。

*1絶対音感ないのて移動ドで音とってます。これも微妙に間違ってるかもしれないけどご愛嬌

*2:前回同様移動ドで書いてます。

なぎゃなぎゃ2009/06/05 00:10はじめまして。いつも読んでます!
簡潔で丁寧な文章が読みやすくて、すごく好きなブログです。更新、楽しみにしてます。

NHK教育に携わる作曲者様の多くは、アクセントの一致をすごくこだわってますよね(^^)
福田和禾子さんの曲なんか特によく見られるなーと思います。(わかりやすいという意味で)
銀ちゃんのラブレターの楽譜なんか、「言葉のアクセントに従って」っていう指示までありますしね。「たんぽぽちゃんとつくしくん」、「木がいっぽん」もわかりやすい例だと思います。

本で読んだのですが、元来歌曲というのは言葉とアクセントを一致させるものだったらしいですよ。クラシックだろうとポップスだろうと。
ただ、ロックやポップスのメロディーを日本語でやるにはそれが難しかったので、もう日本語のアクセントをとって平坦化して、一文字一文字を同等に扱う手法を取っていったらしいです。フレーズがとぎれようが言葉がとぎれようが、というような。
初期の童謡なんか見ても日本語のアクセントに原則的には従順ですよね!
私も、そういったこだわりを貫く作曲者さまに対して「いいなー」と思って聞いてます(*^^*)
あと、子どもの歌は詞先行・ポップスは曲先行で作られるそうなので、そういう所以もあるのかな、と思います。

風のおはなしのアクセントは私も気になってました…。気になりだすと止まりませんよね。最近は慣れてしまいました(-_-;)
おさむお兄さんはあまり、音楽そのものに対する純粋潔癖なこだわりとか、そういう芸術家?的な気質のないタイプの作曲家なのではないかと思います。
あまり天才肌ではないあたりがおさむお兄さんの魅力だと思って聞いております。そういうとこ大好きです。
ってこれ失礼でしょうか。。。笑

azumyazumy2009/06/05 13:37>なぎゃさん
コメントをありがとうございます。こんな自分勝手にいい加減に書いている日記をお褒めくださり、ありがとうございます。

歌の発祥がそもそも詠唱的なものであるところからして、メロディとアクセントが一致するのが、もっとも古い形の「歌」なのでしょう。メロディとアクセントの一致については、中学だか高校だかの音楽の授業でも習った記憶があります。
童謡作家や、福田先生のようにクラシック出身の方だと、その原則が当然であると同時に、なぎゃさんのおっしゃる通り、まず歌詞ありきで曲が作られるので、自然と言葉のアクセントに沿ったメロディになりやすい、ということもあるのかもしれません。

一方、坂田修さんは、フォーク出身でかつシンガーソングライターなので、先に曲が頭に浮かぶ作り方をされているのかもしれませんね。特に、ギターで曲を作る方は、メロディではなくコード進行がまず頭に浮かぶ方もいらっしゃると聞きます。
それゆえに、従来の童謡とは一線を画すようなタイプの曲も多く、私もおさむお兄さんの曲は好きです。天才肌じゃないというのは褒め言葉なんですよね。素直な、誰にでもすっと入ってくるような、それでいて聞くと「あ、これおさむお兄さんの曲でしょ」とピンとくるような個性があるなあと思います。

クラシック出身ではないはずのサキタさんが、アクセントにこだわりを見せるのは、どちらかというと、曲に対するこだわりではなく、言葉に対するこだわりなのかな、とも感じます。「知るや君」はまさしく、まず歌詞ありき、であり、歌詞こそを伝えたい、という曲ですね。

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